故人の意向を取り入れた葬式

葬式は、儀式的にするものというイメージがあるかもしれませんが、しっかりと故人の意向を取り入れて、家族や親しかった方全員できちんとお見送りをしたいものではないでしょうか。しかし、喪主をはじめとする家族の方は、やはり悲しみが大きくて葬式の準備がきちんとできなかったりすることがあるのは、珍しいことではありません。そのために、少しでもいざというときの負担を少なくするために、できれば生前から準備をしておきたいものではないでしょうか。縁起が悪いという印象があるかもしれませんが、誰しもに訪れることですので、ある程度の年齢になったら自分の葬式について、家族の負担を少しでも減らすために準備をしておいてもよいのではないでしょうか。それも、どういう式にするか、いくらくらいかける予定なのかなど、本人の意向に沿って行うことで一番のよいお見送りとなるでしょう。

故人の希望していた葬式

主人の両親が昨年亡くなりました。最初は母親でしたがそのときには父親が入院していたので、主人の兄が喪主代わりになり葬儀の段取りや打ち合わせ等を主人と二人で何度も足を運び話し合っていました。その後無事に母親の葬儀を終えたと思ったときにその3ヶ月後に父親が亡くなりました。全く同じ場所で葬式を挙げたのですが、祭壇に飾る花などは母親のほうが量が多くなってしまい、父親のほうが少なくなってしまっていたのを覚えています。母親は友達などが多く近所の知り合いがたくさん来ていましたが、人付き合いが少なかった父親はほとんどきませんでした。そのため、あまり葬式代をかけることができませんでした。花は多いほうが綺麗でいいですが、かなりその分費用がかかってしまうらしいのでした。でも、今となっては両親揃って仏壇に花を添えられているので良かったと思っています。

お坊さんではない葬式

自分の家は昔から宗教と言えば仏教でした。今まで出席したことがあるお葬式も仏教です。先日主人の親戚が亡くなられお葬式に出席することになりました。いつものように数珠を持ち、会場に行くと自分側の親戚が集まって話し合っていました。何を話していたかと言うとお参りの仕方が違うということです。亡くなられた親戚は仏教ではなく神道でした。自分も自分側の親戚も神道になじみがないので、お参りの仕方がよくわかりませんでした。恥ずかしながら義理の母に詳しく聞き、そこで初めて神道のお参りを学びました。仏教と違い神道では、神主が来てくださり、数珠も必要ありません。自分が一番戸惑ったのが玉串ほうてんという参りかたです。神主から玉串をもらい、玉串を根元が祭壇を向くようにおき、二回礼をした後、二回音を立てないよう拍手をし、もう一度礼をするという流れです。初めての経験で難しかったですが、無事に終わってホッとしました。